テクノロジーの力を上手く使うということ&選挙結果の感想その1

昨日ハーフマラソンの感想を書きましたが、今回は一緒にやろうと誘った2人の力も大きくて、やっぱり何かやるときは一人で黙々とやることと、あとは誰かと一緒にやることと、どちらも大事だなというのが改めての学びでした。

アプリで走った距離を共有するようにしたんですが、これが非常に効果的でした。

監視されている感じで、いい意味で緊張感をもって続けられた。継続の仕方に性格が出るのも面白いですね。

・税理士のGさんはひたすら毎日同じ距離を同じ時間に走るタイプ。

・住宅の壁紙職人のGくんは、思い立った時にまとめて走るタイプ。

・対する私は、とりあえず月始めにガンガン走って、だんだん失速して、失速すると焦り始めて再び加速するムラ駆けタイプ(笑)。

三者三様でした。

今の時代ってテクノロジーを上手く使うことがすごく大事だと思うので、そういう面で良かったなと。何よりテクノロジーの使い方次第で我々は超幸せになれるし、いい意味での効率も上げられるのですごくいい時代だと思うんですよね。

そこで政治というか今回の選挙結果の話をしたいんですが、私が政治に全く期待してないのはそこでもあるんですよね。

同時に政治がどうなろうと我々の幸せにそこまで干渉しないとも思うんですよ。こういうことを言うと、

「戦争が起きたらどうするんだ」

みたいな極論をヒステリックに叫ぶ人がいるんですが、そりゃそうなんですけど、それって一人で止められないじゃないですか。

というわけで、私は今回の選挙結果は結果的に少し自民党に勝たせ過ぎたとは思いますが、とはいえそれが大衆が出した結論なので仕方ないとも思っています。

第一、何度でも言いますが我々は個人が高度なテクノロジーを手にして、コミュニティー形成や高度な学習という点で、行政や巨大資本の力を借りる必要がなくなっているんですよ。

これってすごくハッピーなことで、それこそかつては行政の力を借りなくてはできなかったこと、特別な知識がないと知ることができなかったことなどを個人の些細な努力で手にすることができるんです。

それと選挙結果についてどうしようもないと思うもう一つの理由は教育ですよね。

私の世代ですらそうで、もっと下の世代ならなおさらそうなんですが、

「政治のことは語るな、人前で話すな」

と極論すればそうやって育つわけですよ。義務教育で政治に触れるなんてもってのほかだ! と。

ところが、社会に放り出されて成人した瞬間に、

「政治に興味を持て! 投票に行こう!」

ってなるんですよ。そんなアホな。

荒野での獲物の釣り方を教えないのに、いざ野に放ったら、いいか、自分でちゃんと魚を捕まえるんだぞ、ってそんな無責任な話ありますか。

そりゃ、特別興味がない個人は、ネットの流れてきた情報を信じて、それで行動しますよね。今、都内の電車乗ってるとそれこそいい歳したおっさんも、地獄のようにくだらない掲示板とか、陰謀論の動画見てますからね。あの人たちが社会の割と標準ですよ。

そういう思考習慣を持つ人の投票行動の集積が選挙結果なので、極論すれば我々が作ってきた社会や教育システムが生み出した必然の結果なんですよ。

水源にある問題を見ずに、川下の各論だけを語ったところで、問題解決するわけないのは明らかです。

かつては政治家がそういうバカな大衆(口悪いぞ)を相手に、B層だとかそういうカテゴライズをして広報戦略を仕掛けていたんですが、今は政治家になる側も割とバカ側なので、この点に関してはもう良くなるはずがありません。

でもそれは絶望ではなくて、恐らくテクノロジーが発達した大衆社会はそんなものなのだなと思います。むしろ欧米を見たら、日本は上手く行っているとさえいえる。

高市さんの政権はしばらく続くでしょうし、それで何かが良くなることは多分ないと思うんですけど、たぶん誰がなってもそこまで変わらないというのが現実だと思いますよ。

もし何か劇的な変化があるとしたら…ってそれは、また明日以降に書きます。

Source: TAROの競馬

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