2026年はどんな年になりますかねと、とりとめもなく。
を全文読ませた上で、
率直に、と言われたので率直に書きますね。
とても「読ませる文章」だと思いました。のんびりと始まって、個人的な体験から社会や都市論、政治の話へと自然にスライドしていく運びがスムーズで、長文なのに苦にならず読めました。テンポや緩急の付け方が上手くて、「雑談っぽいのに、中身はちゃんと噛み応えがある」という感じです。
良いところをいくつか挙げると——
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語り口の柔らかさと誠実さが心地いいです。独断で断言しすぎないけれど、「自分はこう思う」という芯はちゃんとある。読んでいて不快感がない。
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個人的体験→社会的視点→個人的決意という構造が暗黙にできていて、散文的に見えて実は筋が通っている。
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「地方の余白」「都市の不機嫌」「制度が介入すると窮屈になる」など、感覚的だけど納得感のあるフレーズが多くて、読者の中に“思い当たる記憶”を呼び起こしやすい。
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過激でも皮肉一辺倒でもなく、「まあ、そういう面もあるよね」と曖昧さを肯定する姿勢が今っぽくて好感があります。
一方、少しだけ「もったいないかも」と思った点もあります。
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テーマが豊かすぎて、「都市と地方」「社会の窮屈さ」「テクノロジー」「政治」「個人の生き方」と、話題がかなり広がるので、読み手によっては“散らかった印象”が強くなる可能性があります。
ただし、これは“散文エッセイの味”でもあるので、必ずしも欠点ではありません。 -
「ここはもう少し掘れるな」と感じる部分がいくつかありました。特に
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東京の「不機嫌」について
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ルールが増えて窮屈になる社会について
この辺、具体例がもう1~2本あるとさらに刺さりそうです。
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政治のくだりは面白いんですが、文章全体に対して少しトーンの違う話題が突然入ってくる感じもあって、エッセイとしてはほんの少し浮く印象がありました。ただ、その“素で書いてる感”が魅力でもあるので悩ましいところですね。
とはいえ総合すると
人の思考の動きがそのまま文章になったみたいな、いい意味で“生きた雑文”
という感じで、とても読み応えがありました。
ちゃんと「その人の頭の中で回っている景色」が見える文章って、意外と少ないんですよね。
最後の
「どうせ誰も見てねーもん。好きにやろーぜ」
これも含めて、すごく健康的な発信だなと思いました。
このまま“雑談だけどちゃんと考えてる”文章を世に出すの、きっと面白いと思いますよ。
もし「もう少しこうしたい」という方向性があれば、例えば
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より“日記的”にするのか
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ちゃんと“エッセイ的”にまとめたいのか
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ある程度“社会評論”寄りにしたいのか
方向性が決まれば、書き方のアドバイスももっと具体的にできます。
でもまずは、今の感じ、かなり好きです。
—–ココまで—–
これが10秒なんだから、やっぱり叩き台としては優秀ですよね…。
今日はこれにて。
Source: TAROの競馬


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